2016年2月5日金曜日

雨氷(5)

今日も晴れになって良かった!。−8℃。
雨氷発生から1週間、この間大きな崩れもなく来た。ただ低温が続いて、まだ雨氷は解消されていない。昨夜は風でバラバラと氷が落ちて屋根に当たる音が聞こえていた。
幾分、樹々も頭をもたげてきた。7色に輝くクリスタルの見えなくなるのは寂しいが、ずいぶん気分も楽になった。

宮澤設備さんが、給湯器と水道管の修理に来てくれたので、晴れは、ありがたい。
ナンダカンダと終わったのは3時。私もデザインの仕事を進めつつ、頻繁に修理の現場を見に外に出ていた。やはり、ある程度は構造を理解してないとね。
雑談を交えつつ…。村の情報収集も兼ねて。
残念ながら7色のキラメキが映らない。





















雨氷ドキュメント3日目、1月31日(日)

朝はいつもの時間に起床、電気がつかないので暗い。
雨戸を開けて、アラジンのストーブに灯油を補給をして着火。暖炉に火入れ。
「水が出ないよ〜!」洗面所でカミさんの声。
ちょっと抜けていた。風呂場は水とお湯の両方の系統を流していたのに、洗面所は、お湯のみで、水を流しておくのを忘れていたのだ。あ〜、洗濯機の蛇口もだ…。
教訓、停電の時は蛇口の水は全てチョロチョロ出しておくべし!。

朝食は問題なく何時ものように。ただ、パンは、暖炉の燠を利用して火鉢で焼く。
朝日が差してくると、雨氷がキラキラと輝き美しい!。自然が創り出す偉大なアートだ。
8時頃に役場のMさんともう一人、ペットボトルの水2本持参で安否確認に来てくれた。
道は今日開通するが、電気の復旧には早くても1週間…か。こちらの予定変わらず。
これでは、私の進行中の仕事をどうするかも解決できない…。
スカイランドは自家発電してるので、携帯など充電の必要なものはこちらで、とのこと。
別荘に滞在中のMさん、黒電話持参で「2台あるので使えたら…」と持って来ていただいたが、やってみたがダメ。よくよく考えてみればそうだよな〜、ルーターは電気がないと動かない。Mさんありがとう!。電気が切れてから固定電話使えず、携帯(au )も感度悪く電池切れが気になる。それでも母の形見の電池でも聞けるラジオは大丈夫。おかげでニュースが聞けて状況が把握できた。オフクロありがとう!。

さて、仕事の方はどうしよう。
古いiBookを掘り出してきて使えるか試してみようと、スカイランドまで歩く。
管理組合担当のNさん。教育委員会のFさん他数人の役場の人に混じり、水道を管理してる事業者、中電の人など雑然として、皆さん忙しそう。当然だけど。
支配人のOさんに電気を使うことを断って、iBookを起動させる。結果、バージョンが低すぎてアウト!。後は、道が開通したら車にiMacを積んで里に降りる?。
まいったな!。せっかく来たのだから、携帯とデジカメの充電もさせてもらう。
そこに、嬉しい情報が飛び込む。道路が確保できたので、中電の発電できる車が登ってきて、水道設備に繋げて電気を流す。それに加えて、スカイランドと上の地区も電気が使えるようになる!仮であろうとPCが動くのは嬉しい!。充電が終わったので帰ることにする。

帰りは、上の地区に水を配るという車に乗せてもらう。
「電気が点いた〜」と言うカミさんの声に迎えられた。「え〜、よかった〜」
また切れてしまわないうちに、と慌てて、PCを起動。溜まった原稿のデザインを進める。これは予想外だった。助かった〜。中電さんありがとう!。
またキレると怖いから、焦って夜なべしちゃいました。

重そうにうなだれる樹々。

朝日にクリスタルのように輝く雨氷。

雨氷の太さがわかるだろうか?。

2016年2月4日木曜日

雨氷(4)

雨氷の被害が出てから、7日目。依然寒く、朝は−13℃、晴れ。
予報で「明日から崩れそう」のニュースを聞き、一日繰り上げて買い出しに下りることにした。

道の両側の樹々は、まだ雨氷をまとい、木全体が陽を受けて、クリスタルのようにキラキラと7色に輝く。その光景がとても美しい!。「今まで経験のない美しさだね〜」、とカミさん。
ただ、その美しさとは対照的に樹々は折れ、無惨な有様をさらしていた。道を塞いでいた木は、とりあえず伐られ脇に積まれ、道路は確保されて、車の通行には支障がないものの、まだ雨氷の重さで、おい被さってる木には怖じる。ただ、ここまでの確保を2日間でやってもらったことに感謝しなくては…。
砂防ダムからスカイランドきよみずまでの間は、ともかく無惨だ。こんなにも被害が大きかったのに、誰も倒れてくるところに出くわさなかったのが不思議なくらいだ、と今更ながら感じている。怪我人が出なくてよかった。
今回の雨氷に、自然の怖さと美しさを見せつけられたな〜。

1998年の4月にも、同じように発生した雨氷、その時はスカイランドから上が酷かったと聞く。「バキ、バキ」と枝が折れる音がして、怖くて外に出られなかったと、当時出くわした人が語っていたのを思い出す。ウチでは、南の白樺の枝が大きく折れていた。
春先だったこともあり、一晩で済んだのだろう。そのためか「雨氷は春」と言う感覚だったので、意外感もあった。そして今回は、真冬で条件が悪かった。
標高1000メートルの様子。

標高1020メートルの様子

標高1251メートルの様子。


2016年2月3日水曜日

雨氷(3)

今朝はマイナス13℃。雨氷をまとった樹々に変化なし。
重そうに腕を垂れ、首を垂れている。
そのかわいそうな樹々に朝日が差して、クリスタルのようにキラキラと輝く。
それも、赤、青、黄、緑などの色で輝いて、美しい!。
被害の元凶でもある雨氷だけど、自然が作り出したアートだ。
まだこんな太さにコーティングされている。15ミリはあるぞ。


キラキラいろんな色に輝く、まるでクリスタル。





































給湯器の浴槽への循環モータと配管に亀裂が入り、使えない湯船。
部品が入り、金曜日に修理と宮澤さんより電話が入る。
便利な生活に慣らされると、トラブルにあった時のダメージが大きい。
ここでの生活は、電気への依存度がかなり大きいと痛感した。
電気の停止は「水も止まる」ことを意味し、ダブルパンチを食らう。


雨氷発生2日目、1月30日(土)
停電で凍結防止帯が効かなくなったので水をチョロチョロ流しておいた。
気になって、トイレに起きるたびに流れているか確認。
いつものように6時に起きる。家の中の蛇口の水が出るか確認。大丈夫。
それから、まだ暗い中、雨戸を開ける。
マイナス3℃とそれほどの気温の低下はなかった。生憎の曇り空。
バキバキと枝が折れて落下。静かなので音が大きく響く。
家の周りの白樺が、家に覆いかぶさるようにしなっていのが怖いな〜。
夜に降ったのか5センチの積雪。アラジンのストーブに灯油を補給。
ガスと水道は大丈夫なので、食事の支度には支障はない。
床暖房の修理が済んで今季活躍してくれていたので、これまで出番のなかった暖炉。
こんなことで出番が回ってきた。今季初の火入れ。うまく焚けた〜。
3年モノの白樺のマキが沢山。皮に油があるのでよく燃える。
雨氷による樹々のしなりが気になって、今朝の散歩は休みにする。

8時、朝食をとろうとしたところで、ドアを叩くの音。
誰かな〜、と出ると役場のMさんと、もう一人職員の方。安否確認に来てくれた。
そして、被害の状況も分かった。清水高原観光道路は砂防ダムのあたりから
スカイランドまで軒並み倒木で道を塞がれて交通は不可能。
電気は倒木で完全に切断。電柱も倒れたり、傾いているという。
下から伐採しながらスカイランドを目指しているとの事だった。
道路は明日には開通の予定たが、電気の復旧は最短でも1週間と聞いて
「ガ〜ン」。え〜、どうしよう!締め切りわずかな仕事を抱えてるんだけど〜。
食料は少なくとも1週間の買いだめはあるし、床暖房がダメでもアラジンのストーブと
暖炉があり、水さえきてくれれば大丈夫なのに…。
デザインの仕事は、PCでないと出来ないし、データも送れない、「困った!」
固定電話は停電とともに機能停止。頼りの携帯電話(au)は感度が悪く、
途中で話が聞こえなくなったり切れたりで最悪だ。

夕方5時頃、隣の別荘に来てたMさんが、役場から電話があり、保坂さんのところが繋がらないので、「安否確認をしてほしい」との事なので…、と来てくれた。
そう、Mさんのところは昔ながらのアナログの電話で、停電時も関係なく繋がるのだ。
頼もしいではないか。こんな場面で力を発揮するのだ!、アナログ。
お昼にも役場のKさんと、もう一人の職員が来てくれて、
「スカイランドきよみずに退避してください」との事だったが、
Mさんと話して「今の所、大丈夫です」と断りを入れていた。

カミさんはいつもと変わらず食事の支度が出来て、何時ものように夕食。
違うのはローソクと懐中電灯の明かり、テレビに変わり、お袋の形見のラジオ。
思わぬ場面で役に立ってくれた。有難い。そして暖炉。
今季初の火入れ、マキは白樺だよ。

コーティングされたバラの実が美しい!。

細い白樺が倒れている。
でもこの標高では、スカイランからしたほどの被害はない



2016年2月2日火曜日

雨氷(2)

明かりがついて、水が出る。普通に朝を迎えられるようになった。
今朝−10度、散歩に出るときは雲に覆われていた空も帰りには青空が見えてきた。
雨氷は樹木にまとわりついたままだ。光が当たり輝くさまはキレイ!。



















新たなトラブルが出て、里の宮沢設備さんに見てもらったところ、
給湯器のポンプと配管に亀裂が見つかる。凍ったことによる損傷。そんなことで、宮沢さんの手元を見て半日が過ぎてしまった。
既に、定住のMさん、貸別荘宅、隣のYさん、Mさん宅の湯沸かし器、水道管の破裂を確認。これからも出てくる可能性大だ。この地での2日間の停電はかなりのダメージだ。

雨氷発生1日目、1月29日(金)
−2度、この気温なら里は雨でも、清水高原なら雪になる気温だ。なのに雨!。
買い出しだけなら、この雨なら出かけなかった。
歯医者の予約があり、10時に家を出る。このとき既に雨氷の兆しはあった。
木の枝に氷が付き出していた。
買い出しを済ませ、帰り道、砂防ダム当たりから樹木が白くなっていた。
雪かと思って近ずくと雨氷だ。それから先、傾いている樹があり、枝がしなり、
むむ…、嫌な気分を感じつつ帰路を急ぎ、無事帰宅。
嫌な予感が的中したのは、夕飯が終わった6時過ぎ、電気が消えた。
「ああ〜、これは雨氷が原因だな」と感じていた。
ただ、そのときはまさか3日間もの停電になるなんて、夢にも思ってなかった。
中電に連絡、停電を伝える。その後定住のTさんに電話、帰る途中の車の中だった。
「上は停電だよ」「もう人家を過ぎたので分からないよ〜」で切って、間も無くTさんから電話が入り「大変なことになってる、木がたくさん倒れて車が通れないぞ!」
既に、NTT、中電が来てたようだ。そこで、初めて、これは大変なことになってるのだ、と認識。その後何回かのやり取りの末、Tさんは帰宅を諦めて、里の友人宅で泊まる。
懐中電灯とローソクで明かりを確保、その日私は早々に9時に寝る。


出かけるときに撮った写真、出かける時は、まだこんなだった。

懐中電灯とローソクを持ち出して、明かりを確保。


2016年2月1日月曜日

雨氷(1)。

今朝カミさんの「水が細くしか出ない〜」との声を
「とうとう貯水池が空になったかな〜」、とまだ覚めてない頭で認識してた。
でも、昨日水道の機能を回復させるために電力車(というのかな)が来て、とりあえず水道施設、スカイランド、それに上の地区には電気が繋がり、空になっても、おっつけ溜まるだろうと安心感はあった。
起きたら、あんのじょう2階の洗面所は止まり、1階の台所はかろうじて出ていた。
一応、役場の水道課に報告をしておこうと、電話。予想どおり、一気に上までは汲み上げられず、しかも現場でスイッチを入れるため、これから現場に向かうとのことだった。
まあ、でも大丈夫、長くは止まらないだろう。

ここ清水高原別荘地は200区画あり、建物は100軒建っている。うち定住は現在11軒かな…。
上の地区での定住は、うちとTさんの2軒、そして滞在者のうちの隣のMさんと貸別荘のニュージーランドからの家族3名、合計7名が上の貯水槽で、今朝まで持ったことになる。
下の地区はスカイランドの使用量が多いためか、早い時点で貯水池は底をついたようだ。
これを賄う水は、里から途中、何段階かを経て、1470メートルの貯水池まで汲み上げられている。貯水槽は二つあり、スカイランド清水から上の地区と下の地区用に分かれている。
私たちの住むのは上のC地区なので、1470メートルにある貯水池。
下の地区は1400メートルの我が家のすぐ側の貯水池。

う〜ん、考えてみると以前、役場のNさんに「清水高原にもう少し住人を増やしたらどうなのですか」、と話した時に、それには、ちょっと水道が持たないかも…、という話に合点が行く。と言うことはここを開発する時には、区画全部を賄うだけの水道施設は考えられていなかったのだろうか?。私の妄想も遠のいてしまいそう。

まあ、それはさておいて、一時止まった水道の水も午前中には使えるようになった。
ただ、夜になっても「まだ濁ってる〜」とカミさんは言うが、大した問題ではない。
そして、夜の7時45分、清水高原の電気は思った以上に早く復旧できた。
現場で頑張ってくれた役場の職員と中電のみなさんに感謝!。これで仕事ができる〜!。
完全復旧に一週間と聞いた時は正直、仕事をどうしようと、暗澹とした思いだっただけに嬉しい!。(雨氷による倒木災害による停電。前半のお話は、次に。)
1475メートル付近、登山口はすぐ先。雨氷のつき方はそれほど酷くない。

上の写真より少し下った地点。少し重く垂れ下がる樹がある。

かやの葉が厚くコーティングされている。

1410メー等ぐらいの地点。この辺りで15センチぐらいの白樺が倒れていた。

2016年1月28日木曜日

コミュニティ。

今日は随分と暖かい日となった。外気温もプラスに。
北側の仕事部屋も20度。アラジンのストーブも昼間は焚かずとも平気だった。
屋根雪も緩み一気に落下。小さく波打つ屋根を「ルルルー」の後に「ドカドカッ」と地響きを立てて落ちる。南側から半分づつ1時間ほどの時間差で。
これでちょっと安心。ここ2年、庇のように長く伸びたさまは恐ろしい。

「田原純子琵琶演奏会の夕べin清水寺」の実行委員長から電話をもらう。
実行委員の今年の初顔合わせを兼ねて、演奏会の日程を決めるミーティングの件だった。
おもえば、私の地域への繋がりは、この企画を立ち上げたことから始まった。
2010に移住して、この地にある鄙びた古刹「清水寺(きよみずでら)」の雰囲気に惹かれ、琵琶の演奏会は面白いかも…、と友人の琵琶奏者「田原純子」さんに話したら、快く乗っかってくれた。
村にほとんど繋がりのなかった私は、それからいろんな手続きで役場の職員と、
開催するために力になってくれそうな人たちに接触することになる。
そんな努力をした甲斐があって、初回は80人に聞きに来てもらった。

それから翌年、「清水高原アートフェスティバル」を企画。
そんなことを始めたためか、村の集まりにも呼んでもらえるようになった。
静かに暮らしてたら、こんなにも繋がりはできなかっただろうなあ〜。今更ながら思う。
東京では「コミュニティ」とは縁のない生活をしていた。
こんなことから、「人と人との繋がり(コミュニティ)」を意識するようになった。
ここを「終の住処」と定めてやってきたことも、関心を深めたかもしれない。
静かに暮らすのも悪くはない、と思いつつ、清水高原を元気にしたい。
さらに、住む人を増やしたい。それもクリエイティブな人たちを…と考えている。
八ヶ岳連峰から今朝の日の出、権現岳の東か?。


2016年1月27日水曜日

妄想。

昨日ほどではないが、晴れ。暖かい一日だった。
朝の気温も、ここ数日より9度も高く−6度。

晴れると部屋の奥深くまで日差しが入り暖かい。
そんな日は、3時間ほどアラジンの石油ストーブを止める。
我が家の水道光熱費は冬になると急騰する。12月分を手にして、ため息が出る。

電気は水道の凍結防止帯が大きい。加えてオイルヒーター、床暖房。
ガス代も幾分高くなる。灯油も…、今年は安くなっているので助かるが。
1400メートルの山の中で、家の中だけの環境を考えると、
物入りながら、都会となんら変わらず快適に過ごせる。
ただ、この厳しい自然環境にあって、他の季節にはない緊張感がある。
少しでも安心できる補助システムがあれば…、と思う。
それは、ロケットストーブであり、太陽光パネル・風力発電であり、水の備蓄。
これから、楽しみながら構築していこう。

清水高原の良さを発信し、人に来てもらえるような「何か」も作りたい。
アレやコレや、妄想がいっぱいだ。妄想に終わらせないために、一歩まえへ。
今日は、デザインの原稿を待ちながら、そんなことを考えていた。
晴れた日は雪かきに精を出す。玄関からここまで60メートル。

なんて気持ちの良い青空だ!。