2016年9月13日火曜日

ルールは大事だけど…。

朝方は強く、弱く降る雨。その雨も昼には弱く、午後には止んで霧に覆われた。

昨日は波田の歯医者さんへ。清水高原に移住してからずっとで、馴染みになってしまった。立て続けに右の奥歯2本がなくなった。左の奥も1本無くなって、噛み辛い。
抜いた所も盛り上がってきて、入れ歯にしましょうということになり、また通うことになりそう。丈夫だと思っていた歯もこの有様だ。未体験ゾーンに入り込んできた…。
虫歯の治療で、とりあえずの詰め物が取れてしまい、昨日の今日でまさかの歯医者行き。これで取れないと良いけど…。片方だけで噛むのは美味しくない〜。

第6回、田原順子琵琶演奏会in清水寺が終わってホッとしている。
琵琶の演奏会は営利目的ではないので、あららぎの庄は無料で使わせてもらっている。
使わせてもらうについて、いろいろ決め事(ルール)がある。
知らないでやってしまうこともある。2011年の1回目の演奏会は、気合が入っていた。
http://www.d5.dion.ne.jp/~itsutsu/kiyomizu/News.files/K_News09.pdf
夕方からの開演で、参道には灯籠を並べる演出。
お酒の紙カップを使い灯籠を一生懸命に作った。思い通りの効果に満足。
聞きに来てもらった人たちにも喜んでもらえた。
火事が怖いので実行委員の人たちにも気をつけてもらった。
ところが、後日「火を使ってはいけない」決まりで、担当者に大目玉。
「清水寺は村の文化財」と言うことで、火は一切ダメ。
今回も、この火のことで、駐車場のことで、お小言をいただいた。
まあ、ルールは必要だし、守らなければならない…。でも、四角四面、縛りすぎられて使い辛くなったのでは本末転倒、柔軟な心があっても良いのでは…と思う。
施設は活用されなくては…。

琵琶の演奏会場の演出で活けたガマズミ。
捨てるのが惜しくて、庭にしつらえた。



2016年9月11日日曜日

清水高原ロードレース。

午前中、一時青空も覗き、レースには良い日和だったかもしれない。
8時半から第10回「信濃山形清水高原サイクルロードレース」が開催された。
このレースの本体は、全日本学生ロードレース・カップ・シリーズ第7戦「山形村ヒルクライムラウンド」です。
全日本学生の公式戦がこんな山の中で…、と不思議に思われませんか?

このロードレースの最高責任者は、山形村在住でクラブチーム「山形村レガルスィ・イナーメ」を主宰される中畑清さん。
このレースが開催される前、中畑さんは安曇野の実業団クラブチームに属して走っていた。自転車大好きは相当のモノで、当時の村長からレース企画の要請があり、タイミング良く日本学生自転車競技連盟からも、この地域で大会ができないだろうかと相談があった。このタイミングで大会は生まれた。
これをきっかけに、自ら、今のクラブチームを立ち上げ、同時開催で「イナーメ・ヒルクライムin清水高原」を主催し、競技未登録の愛好家にも門戸を開いている。

私たちは、移住してから知ることになり、以来応援してきた。
あまりにも一般の応援者が少なくて残念に思っている。応援してくれる人を増やしたいな〜!、と応援し、発信に努めているのだが…。

当初は、村が主催していたのが、徐々に実行委員会を強化して、そちらに移行してきたと聞く。今も、村の数人の職員、観光協会も協力、村長、観光協会会長も出てきて、表彰の授与役をやられてはいるモノの、いまいちの感がある。
山形村は「観光」を謳う割に、こうした既存のイベントをうまく生かしきれていないように感じるな〜。

富山から応援に駆けつけたというご夫妻にお会いした。
なんと話を聞けば、1位、2位を争っているという。立命館大学とだけ聞いていた。
そして表彰式、1位立命館大学「北野龍人」その人だった。

1本目、先頭3人。右に曲がる急坂。松本平が望める地点。



2本目、先頭2人。最後の急坂50メートル地点。

3本目、先頭3人。スカイランドへ向かいU字カーブを抜けた地点。

クラス1の1位:北野龍人(立命館)、2位:石原悠希(順天堂)、
3位(右):野本空(明治)。


















レースが終わり、観光協会から山形村産「ながいも」を使った
「とろろ飯」「スイカ」がふるまわれる。私たちもいただいた。
手前中央は中畑さん。


2016年9月10日土曜日

清水寺と琵琶と。

信州山形村清水高原。ここ1250メートルの森の中に建つ鄙びた古刹「清水寺(きよみずでら」」で今年で6回目になる「田原順子、琵琶演奏会in清水寺−−清水寺と琵琶と」開催。
62人に聞いていただきました。
演奏会の後「ファンの集い」で田原さんを囲み、第一回交流会を開催。
村のそば打ち名人Oさんに協力いただき、美味しいそばを食べながら、話も弾み、楽しい交流会となりました。皆さん、すっかり琵琶の虜になってしまわれたようです。
次回もまた聴きに来たいと言う嬉しいお言葉をいただき、実行委員一同、励みになります。また来年お会いできるのを楽しみにしていますからね〜。

「ファンの集い」を開くにあたり、協力いただいたた皆さん、実行委員会の皆さんにもご苦労をおかけしました。お疲れさまでした!。ありがとうございました。
少しづつでも、琵琶に興味を持つ人の輪が広がり、また清水寺も認知されてくるのは嬉しい限りです。続ける意義があると感じています。
実行委員長、本庄さんのやる気と行動力が大きいかな〜。
名実ともに頑張ってもらっています。私が続けてたら、へこたれていたかもしれない。
実行委員会「清水寺で琵琶を聴く仲間」…いい仲間です。

「ファンの集い」会長の和田大生さんの挨拶の後、
自己紹介を交え、楽しい交流会となりました。

2016年9月6日火曜日

セルフビルド、水糸を張る。

日差しはないまでも、時々青空が出た一日。

朝は、里の植木屋さんが金木犀を預かって欲しいと持ってきた。
NHKの趣味の園芸で講師をしてるKさん。18日、金木犀についての収録で、その時に咲かせたいとの事。里より気温が低いので、咲くのが早くなるようだ。
忙しそうなのだけど、つい雑談してしまう。木についてあれこれ質問…。

今週10日(土)は、信州山形村清水高原にある清水寺(きよみずでら)で琵琶の演奏会。
「清水寺と琵琶と」(第6回田原順子、琵琶演奏会in清水寺)を開催します。
そして、翌11日は、全日本学生ヒルクライムロードレースがあります。
全国の大学から選手たちがやってきます。応援に来てくださ〜い!。

午後は、セルフビルドする小屋の水糸をはる。
大矩(おおがね)を自作するのをスルー。差金で直角を見たのだけど、ちょっと心配…。
ここで、しっかり直角を出さないと後々大変な事になりそう。
ツーバイフォーでやる事にした。今年は床ぐらいまで進めたいな。

二階の窓際に模型を置いて、現場を見る。

直角を出すのが難しい…。

とりあえず主要8カ所に基礎石を置く。



2016年9月4日日曜日

防災訓練。

夕方近くに一瞬雨。一瞬だったけど土砂降り。
外につながれてたTさんちのクーを慌てて室内に入れる。
お昼を別荘のYさんにおよばれ。野外のドラム缶のピザ釜で作ったピザをご馳走になる。
奥さんは料理のプロ級の腕前。ピザの他にもいろいろご馳走になった。
美味しかった。ごちそうさまでした。総勢12人位だったか…。
お開きになった後、Tさん親子に立ち寄ってもらっていた。

午前9時、防災訓練で定住者12名がテニスコートに集まった。
一人抜けてしまったが、こうして顔をあわせるのは初めてのこと。
私は、全戸の人たち顔見知りであったけど、初めてという人もいらして、顔を合わせられたのは良かった。清水高原は一応、下竹田地区に組み込まれているが、離れている事もあり、どなたも加入していない。そのような事もあってか、澤田さん夫妻が連絡長という事で村からの色々な配りもの、集金などを村から任されているようだ。
そこで清水高原独自での防災訓練となったのだろう。
澤田さんは里へ降りるルートを記した地図を用意されていて、全員で確認。
その後は、テニスコートにヘリを発着させる為のネットと支柱の取り外しの講習。

清水高原の災害といえば、直近では全国版でニュースになった1月29日の「雨氷」。
その日は、朝から兆しがあった。
丁度買出しで里に下りたのだが、私たちが帰る頃はまだ大丈夫だった。
夕方には雨氷で倒木が発生、観光道路を塞ぎ、電線、電話線も倒木により切断された。
1週間分の食料を買い出してきたばかりだったので、食料の心配はなかった。
唯一心配なのは「水」。水さえ確保できたら、そこそこ頑張れると認識。
後は連絡手段、固定電話はダメ。頼みの綱の携帯は感度が悪くイライラさせられた。
山火事にでもなったら逃げ場を失いそうだが、そうでもなかったらここで頑張れそうな気がしている。災害が起きた時の一番の問題は連絡手段かもしれない、と思う。

ネットと支柱の取り外しを習う。

終了後に全員集合。

2016年9月3日土曜日

小屋、セルフビルド。

晴れたり曇ったりの1日だった。午前中はセルフビルドする工房の遣り方。
午後はあまりにも乱雑な箇所が気になり、整理。
捨てられない性分は直らない。この歳になっても、まだ貯め込もうとしてる。
生かされるのは、何時になるのか…。
制作の場が欲しくて、ようやく工房作りに着手。

ここ山形村清水高原は袋小路の別荘地。なので用のある人だけしかやってこない。
200区画のうち半分の100区画しか建っていない。どうも活気もイマイチ。
この建物の建っていない区画を動かし、特徴ある街作りができないものかと妄想している。
一人で立ち上げた「清水高原ArtVillageProject」。
モノづくりする若い人に住んでもらい特徴ある別荘地に出来ないものかと日々思う。

デザインを生業として東京で仕事をしてきた。
ここに移住してからも、量は少ないものの東京からの仕事で暮らしを賄っている。
残念ながら地元からの仕事は微々たるもの。ここで新たに生業を作り出せたら…、と思う。
手探りだけどやってみる。
その一歩が、極小小屋(タイニーハウス)のセルフビルド。

9月、晴れると日差しは、まだ強い

仕事部屋からの眺め。

2016年9月2日金曜日

空き家、820万分の1の実家。

一日晴れの清水高原。朝から日差しが出ると気分がいい。
今朝は、家で気持ちの良い朝食。朝食後、午前中は週に一度の買い出し。

昨日は、朝早くに家を出て、糸魚川に向かった。
何時ものことだが、コンビニのオニギリが朝食。赤飯と辛子明太子と鳥の唐揚げが定番。
朝の日差しを受けて北アルプスはクリアに見えた。稲は実り、頭を垂れて、すでに刈入れの済んだ田んぼもちらほら…。秋の景色になってきた。

120キロ、3時間弱のドライブで到着。
家の周りは草に覆われて酷い状態だ。雑草の成長の早さに驚く。
これはすっごく気になる!。でも今回は解体する米倉だった物置きの片付けが優先。
この蔵は、今は亡き大工の棟梁だった伯父が建てた。釘を一切使わない造り。
まだ100年は経っていないだろう。勿体無いと思いながらも、決断するしかない。
母屋の問題も頭が痛い。同じような思いを持つ人は結構いるのだろうな〜。
全国の空き家は平成25年のデータで820万戸、総住宅数6063万戸に占める割合は13.5%。
10軒に1戸強の割合はかなりのものだろう。

子供達が家を出て、戻らず。家と土地が田舎に残る。
私もまた、東京を引き上げても、糸魚川に帰ることなく清水高原の森の中で暮らすことを選んだ。そして、ここでも同じような問題が起きている。
人口減少と地方の衰退。すぐ傍にあり、私の中で大きなポジションを占めている。
糸魚川へも行ったり来たり。

大町から北アルプス。


新しい道路ができる。その工事中。右が蔵。

芙蓉かな…、庭に咲いていた。

雲が面白い。隣の家。