2016年4月25日月曜日

空き家の問題。

今朝、肌寒く霧が漂う清水高原でした。その後、霧も晴れて薄日の射した一日。

昨日は朝早く出かけて糸魚川へ。昨年末亡くなった母方の叔父の納骨に立ち会った。
午後は実家に立ち寄る。早くも雑草が我が物顔。その中で母の残した花が咲いていた。
健気だな…。結局、家の周りの草刈りだけでで帰る時間に。またまた、中の片付けは先延ばしに。早く片付けたいという思いとは裏腹に、遅々として進まない。

2010年5月、母は実家を出て、ケアハウスに世話になる。以来、実家は空き家になった。
叔父もそれから数年後、近くに住む長女(従姉妹)の家に叔母と共に世話になることで空き家になる。2014年総務省統計局調の空き家件数は820万戸と驚異的な数字だ。
その中に、ウチと叔父の家の2件も含まれる訳だ。聞くところによれば、買い手、借りてもなく、行政に寄付を申し出ても断られると言うことだ。

何故これほどに増えてしまったのか…。
私の子供の頃、長男は先祖からの田畑を継ぎ、「家を守り次世代に繋げる」のが普通の生き方と考えられていた。その考えに縛られて、地元企業に就職したモノの馴染めず、7年を経てデザインの仕事という夢を見て、東京に出ることになる。
その後、40年近く東京でデザインに浸かり、今は清水高原の森の中にいる。これが現実。
従兄弟も同じように、東北大で学び、今は大学に残り地震の研究と後進の指導に当たっている。思うに自分の生き方を追求することで、「家を守る」という意識が薄れた表れなのかな…。だとしたら、田舎に住みたいと思う人には大きなチャンスだ。
自分の思いに忠実に来たモノの、罪の意識は拭えない…。しかし、子供のいない私たちにはリアルに繋げない。弟が戻り、甥か姪が継いでくれないモノかと思うのは、調子よすぎるね。

で、実家から母の遺した植物を持ってきて、植えてたら午前中が過ぎ、午後からデザイン。
別荘のTさんが久しぶりに来てくれて、「アートフェス」について話してたら1.5時間は瞬く間に過ぎて、アタフタと帰った。私もデザインを進めないと、と焦っている。

小谷の道の駅。恐竜の像。

実家の庭。雑草の中に咲く花。

右奥の山は、日本名山の一つ雨飾。根知谷の入り口から。



0 件のコメント:

コメントを投稿